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November 2018の28件の記事

November 30, 2018

久しぶりの息子画伯

久しぶりの息子画伯
画像を見ながら、描いた様です。
建築物に興味が出てきたのは
スマートフォンのパズルゲーム、
東京ツクールの影響かと。

この後、スカイツリーに挑戦していたが、
水平がちゃんと取れず、断念。

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November 29, 2018

ジャズ聴き始めの頃の話 その20

ジャズ聴き始めの頃の話 その20
バンドのメンバーとも段々仲良くなってきて、
練習の他にも呑み会に参加したりする様になった。
ある日、三国ヶ丘のAPRIL JAMってジャズの店で
集まることがありました。
ドルフィ研究家でプレイヤーのライヴがあって、
人が集まらないから召集されたんじゃなかったかな。
その人の名前は忘れてしまいました。
色々調べてみたけど特定できず。
ひょっとしたらティエリーブルノーって人かも。

何かその夜は調子が悪いとか云ってて
精彩を欠くプレイでした。
ドルフィがよくやるアルペジオだらけの
God bless the childをコピーしてたのを覚えてます。

ま、それはいいんですけど、
演奏後、酒を呑みながら、ダベってたら、
強烈なインパクトの曲が流れてきました。

ハッキリ云ってヘタなドシャメシャ。
すると混沌とした音の塊の中から
ベタなシャッフルビートを現れて、
ドシャメシャに秩序が生まれる。
練習してるのかしてないのか、
キメのリフもばらついている。
しかし、何だこの熱狂は。
私は笑いながら聴き入っていました。

悔やまれるのは、レコードを確認しなかった事。
何でか分かりません。

後になって、またその演奏を聴きたくなり、
レコード屋巡りしました。

その頃になると、色々聴くモノも増えたし、
本などからの知識もそこそこ蓄積してきてたので、
知恵を凝らして、探し当てようとしました。

まず、こないだのアヴァンギャルドな集団即興は
Art ensemble of Chicago(以下AEC)ではないかと
目星をつけました。

レコード屋で一枚一枚収録曲名を確認し、
Barnyard Scuffle Shuffleってタイトルを発見。
それは「FANFARE FOR THE WARRIORS」ってアルバムでした。

一か八かで買って帰って聴いてみる…。

AECにピアノのリチャードエイブラムスが参加し、
冒頭、調性の希薄なソロを展開。
その直後、フリーキートーンが飛び交う中、
ベタなシャッフルビートと粗いアンサンブルで
えげつない盛り上がりを見せます。

この曲だったような、違うかったような…。
記憶との照合はできませんでしたが、これはこれで凄い演奏でした。

【教訓】気に入った曲はその場で確認しないと、
後で悔やんでも悔やみきれない事になる。

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November 28, 2018

要塞感

要塞感
工場か何かだと思ったら、
スナックなどの入る雑居ビル。
スナックの要塞の様です。

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ぬりたく~る。

ぬりたく~る。
今、我が子はスプラトゥーン2に夢中。
私は大神絶景版を始めて、
ようやく少し面白くなってきたところ。
モンスターハンターXXも始めたけど、
オープンフィールドの作品を
ゼルダ、ゼノブレイドクロスと続けてやったので、
モンスターハンターXXのフィールドの狭さが
気になって仕方ない。

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ジャズ聴き始めの頃の話 その19

ジャズ聴き始めの頃の話 その19
楽器を始めて、一年半ほど経った頃、
大学時代の友達の誘いで、彼が参加してるジャズバンドに
なぜか顔を出す事になりました。

大学の軽音サークルの演奏会に出演しているのを
一度聴いたことがあったけど、かなりイカツい演奏をしてて、
とてもじゃないけど、楽器初心者の自分が参加できるような
レベルではない事は分かっていました。
それでも、何とか楽器をモノにしたいと云う一心で
深夜の難波で初めて練習に参加したのでした。

大学の軽音楽のライヴに参加していたので、
学生バンドだと思っていたら、
リーダーの酋長と呼ばれる人は私よりもかなり上の人でした。

その夜、どんな練習をしたか、全然覚えていないのですが、
バンドのレパートリーの譜面を何曲か渡された記憶があります。
Cで書かれた譜面をすぐにE♭で読みかえる事もできず、
箸にも棒にもかかってなかった筈です。

で、私の友達がどう紹介していたのか分かりませんが、
曲を書けるヤツだとの情報が伝わっていたのでした。
ま、確かに学生時代からシンセの打ち込みで曲を作ってたけど、
それがバンドに通用するモノかどうかわかりませんでした。

次の練習の時、数年前に作った"BREATHLESS"と云う曲と
書き下ろしの簡単なブルースを一曲持って行きました。
自分ではお気に入りの"BREATHLESS"は酋長の琴線に触れず、
お手軽なブルースを一度音出ししてみようと云う事になりました。

自分の作った曲が実際にプレイされた初めての瞬間でした。
この時の嬉しさは今でもリアルに思い出せます。

味をしめて、その次の練習の時には
少し作り込んで一曲作っていきました。
"CRUISIN'"ってかなりベタなタイトルの曲。
実はこれには下敷きになる曲がありました。
ジジグライスの"THE RAT RACE BLUES"って曲です。
バンドの練習帰りの夜の阪神高速でこの曲を聴いていたら、
あまりにも雰囲気がピッタリだったので、
バンド用にこんな感じの曲を書いてみようと思ったのでした。

その後、"CRUISIN'"はバンドのレパートリーに組み入れられて、
末永く演奏してもらえる曲になりました。

私は楽器は未熟だけど、曲を提供できる便利なヤツとして、
バンドの中に居場所を見つけたのです。

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November 27, 2018

ジャズ聴き始めの頃の話 その18

ジャズ聴き始めの頃の話 その18
アルトサックスを買ったはいいけど、
家で吹くにはうるさすぎる。
特に最初の頃は思いっきり吹かないと音が出ないので、
近所迷惑甚だしい。

なので、私は夜な夜な車で埋め立て地まで行って、
区画整理中の空き地で練習していました。
暗いので、譜面が読みにくいのは難点でしたが、
思いっきり吹くことが出来ました。

練習が終わったら、夜景の見えるところに車を停め、
カセットテープを聴くのが至福のひと時でした。

その中で特に気に入ってたのは
ビリーハーパーの"Loverhood"。
これは彼のテナー一本だけのソロ演奏で、
暗い海と遥か遠くの大阪の灯とシンクロした。

自分のサックスのヘロヘロの音と比べ、
ビリーハーパーの音の何と響くことか。
体全体で倍音を豊かにしてる感じなのです。

ビートやハーモニーがジャズの魅力だと思ってたけど、
サックス一本でここまで表現できる事は驚きでした。

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ジャズ聴き始めの頃の話 その17

ジャズ聴き始めの頃の話 その17
大学四回生の秋、
…確か大学祭の時だったので、11月頃だったかと思います。
映画研究部の先輩で昔ブラバンにいた人がいて、
何かの拍子でテナーサックスを一度吹かせて貰える事になりました。

マウスピースの咥え方や持ち方を教えて貰って、
まずひと吹き。
締りのない音でしたが、一応、音は鳴りました。
口の筋肉が出来てないので、息は漏れまくってるけど、
アンブシュアがしっかりしてきたら、吹けるようになるとの事。
運指を教わると、意外と縦笛と大差がないようでした。
補助キーがあちこちに付いているので、#♭はそれで何とかなる。

その直後から、私はサックス欲しい欲しいモードに突入し、
確か二ヶ月くらいでアルトサックスを買ってました。

アルトにした理由はテナーより安かったから、って事もあるけど、
好きなミュージシャンがアルトに多かったのも事実。
アートペッパー、ジャッキーマクリーン、リーコニッツ、
フィルウッズ、キャノンボールアダレイ、エリックドルフィ、
ジジグライスなどなど…。

って事で、購入したのは、ヤマハの入門者向けモデル。
当時二十四万円位したので、かなりの冒険です。

理想はペッパーのアルバム「Modern Art」の
A面最初とB面ラストの"BLUES IN"と"BLUES OUT"の様な
憂いを含んだ音色でしたが、道のりは厳しかった…。
って云うか、道は繋がりそうもありませんでした。
暇さえあれば練習していましたが、
一朝一夕にどうにかなる訳もなく、
ジャズプレイヤーの凄さを再認識する事になりました。

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November 26, 2018

ジャズ聴き始めの頃の話 その16

自宅が夙川で、大学も会社も大阪だったので、
三宮へレコードを物色しに行くことは少なかったですが、
割とよく足を運んだのが、グリーンシャポービルにあった
JRと云うお店でした。
ここはかなりマニアックで、初心者には敷居が高ったけど、
珍しいレコードが一杯なので、魅力的でした。
店内には常に凶悪な前衛ジャズが流れていて、
部外者を受け付けない空気が流れていました。
その割に店主は腰が低く、会計の時には
「すみません。」を連発していたのが印象的。

ま、こんなお店で有名盤を買うのも恥ずかしいので、
それなりのレコードを買ってた訳ですが(笑)、
偶然見つけたアルバムがドゥドゥプクワナの
「IN THE TOWNSHIPS」でした。
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これまで触れてきたジャズとは全然違って、
抜ける様な明るさが気持ち良かった。
ジャズと云えばジャズだし、
ジャズじゃないと云えばジャズじゃない。
根差してる音楽が全然違う感じです。

アフリカの民族色の強い"Sonia"って曲は
4小節のフレーズを延々と繰り返す中で
高揚していく感じがたまらない。

同じアフリカ系のミュージシャンとしては
ダラーブラントの方が有名ですが、
また少し方向性が違ってて、
そっちはもう少しシリアスで土臭い感じです。
プクワナはリズムが強く躍動感があります。

後に代表作の「Diamond express」を聴いて
更に大好きになる訳ですが、
小難しくジャズを捉えがちだった私にとって
視野が広がるきっかけになった気がします。

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November 23, 2018

ジャズ聴き始めの頃の話 その15

就職した最初の配属先が大阪で、
当時は阪急十七番街に事務所がありました。
会社帰りにレコードを買いに行くには絶好のロケーション。

よく行ったのは、VICと云う店でした。
東通り商店街を入って一本目の辻を左に曲がってすぐ
の雑居ビルの二階にあった小さなレコード屋。

なんでそんなに行ってたかと云うと、
OJCのレコードが千円前後で売られていたから。
OJCはORIGINAL JAZZ CLASSICSの略で、
プレスティッジ、リヴァーサイド、コンテンポラリーなどの
過去の作品をLPやCDで再発していたんですね。

盤質はペラペラで、ジャケットにOJCのロゴが入ってるので、
廉価品には違いないのですが、
内容は原盤のままだし、中古よりも当たり外れはないし、
私にとってはありがたかった。

今の相場で行くと、そんなに安くは思えないけど、
当時は廉価版レコードでも1500円くらいだったから、
かなりのインパクトがあったのです。

しかも、そんな折にスイングジャーナルの増刊号で
「ジャズ名門レーベルのすべて」ってのが出て、
プレスティッジやリヴァーサイドの作品のほとんどが
ジャケ写入りで掲載されていました。

私はその本で色々なミュージシャンをチェックしながら、
この店でOJCの安いレコードを100枚くらいは買った筈です。

その中で衝撃的だったのはジョージラッセルのリヴァーサイドの諸作。
EZZ-THETICS
STRATUS PHUNK
THE OUTER VIEW
THE STRATUS SEEKERS
でしょうか。
甲乙つけがたい名作だと思いますが、
ドルフィの参加で一翻アップして「EZZ-THETICS」が好き。
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表題曲や"LYDIOT"などラッセルのオリジナルの魅力もさることながら、
彼の手で再構築された"ROUND MIDNIGHT"や"NARDIS"はほんと凄い。
んでもって、ドルフィでしょ。たまりませんよ。

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ジャズ聴き始めの頃の話 その14

ジャズ聴き始めの頃の話 その14
大学四回生の頃には
有名なスタンダードを覚え、
そこそこレコードを集め
ものの本でジャズジャイアンツを勉強し、
自分ではジャズファンの端くれ位には
なってるつもりでいました。

しかし、梅田の紀伊國屋で
季刊ジャズ批評なる本を見て驚いた。
え、知らない人だらけじゃないか…。

今考えると、本格的に聴き始めて数年で
そんなディープなところまで
聴いてるは方がおかしいんだけど、
青年しほたつはかなりの衝撃を受けました。

紀伊國屋にあるジャズ批評を
バックナンバーまで買い漁って、
必死になって読み倒しました。
気になったレコードは
手帳にリストアップして
レコード屋を回り始めました。

今考えると、この頃が一番楽しかったかも。


梅田のダイガやLPコーナーや
難波のスターレコードやライトハウスを
暇さえあれば覗いていました。

それでも見つからないモノだらけなので、
ついに中古レコード漁りに突入しました。

探してたデニーザイトリンの
「LIVE AT THE TRIDENT」は
LPコーナーで手に入れました。
盤質はあまりよくなく、
プチプチ云うレコードで、
最初はそれが耳障りでした。
でも、慣れてくると、
段々雑音を脳内でキャンセルして
音楽を抽出できるようになる。
私の中で中古レコードは並盤程度なら
全く問題なし、って価値観ができました。

それからオリジナル盤等の
音楽と関係のない付加価値には
お金を払わないとか
希少盤などの高価なものには
手を出さないとか、
ペラペラの廉価盤でも
カット盤でも見本盤でも
聴けたらいいってルールが
次第にできて行きました。

確かにLPコーナーは品揃えが良かったけど、
その分、値付けが高めだったので、
見つかっても、手が届かない事もしばしば。
当時、あちこちに中古レコード屋はあり、
大抵の店はジャズを置いてたので、
根気よくレコード屋巡りをすれば
そのうち見つかると思うようになりました。

中古レコードも守備範囲にいれながら、
一歩深みに足を踏み入れた、
大学四回生から社会人最初の頃でした。

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November 22, 2018

ジャズ聴き始めの頃の話 その13

ジャズ聴き始めの頃の話 その13
高校の頃、親から貰った昼食代を浮かせて、
クラシックのレコードを買ってました。
そのほとんどが夙川グリーンタウンの
ダックと云うレコード屋でした。

大学に入ってからは、聴くジャンルが変わり、
梅田や難波の大型店に行くようになり、
地元の駅前のレコード屋の品揃えは
正直見劣りするようになってたのですが、
昔からお世話になってたご近所さんを
裏切るみたいな気がして、
日本盤で買える定番レコードは
なるべく地元で買うようにしていました。

ウェインショーターのブルーノート諸作は
確かダックで買ったんだと思う。
だって「Juju」の"House of jadeや
「Speak no evil」の"Infant eyes"聴くと、
店の光景が浮かんでくるから。

ショーターのアルバムではこの二枚が
別格に好きです。
手垢にまみれた常套句フレーズはなく、
常に新雪の上を歩くような新鮮さを感じる。
この後、ショーターの妖しい香りは
ますます強くなって行きますけど、
個人的にはこの頃のバランスが好きです。

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November 21, 2018

ジャズ聴き始めの頃の話 その12

ジャズ聴き始めの頃の話 その12
私の世代の音楽好きなら
レコード➡カセットテープ➡ウォークマン
で音楽を外に持ち出せるありがたみを
理解していただけると思います。

スマホでストリーミングも便利だけど、
自分だけのベストカセットを作るのは
面倒だけど楽しい作業でしたよね。

私は「How I feel 'bout Jazz」と題して、
沢山のテープを作ってました。
タイトルはクインシージョーンズの
アルバムタイトルからのパクリです。

大学二回生の途中からは
安定したアルバイト収入があったので、
レコードの購入枚数も増えたし、
ジャケ買いや衝動買いも増えました。
当然、当り外れもありましたが、
それも含めて楽しむ余裕も出てきて、
この辺りから自分なりの音楽の好みを
探り探り方向付けて行ったように思います。

反面、一枚一枚のレコードへの思い入れが
薄くなりがちだったので、
買ったものから1~2曲を選んで
テープに入れるようにしてました。

でも買ったばかりのレコードは
すぐにでもカセットで持ち出したい。
かと云って、90分テープ一本を埋めるほど、
他の新ネタはない…。
そんな時は過去のお気に入り曲から
何曲か引っ張りだして来て、
余白を埋める事が多かったです。

そのせいで、似たようなセレクトのテープが
大量に転がってる状態になってしまった。
私のエエ加減な性格の賜物です(笑)。

そんな中で、頻繁に収録された曲の一つが
「the straight horn of steve lacy」の
A面1曲目"Louise"でした。
ソプラノサックス、バリトンサックス、
ベース、ドラムと云う変則的な編成で
中間の音域がすっぽり抜けてます。
その隙間だらけの対位的な絡みが
醜くも美しく感じられました。
CANDIDらしい知的泥臭さ系と云いますか、
岩鬼の悪球打ち級に、
私にとっての、どストライクでした。

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ピアノ発表会

ピアノ発表会
先週末は我が子のピアノ発表会でした。
ピティナ、四回目です。

今回の曲は先生の選曲で
「闘牛士/ジェーンバスティン」
と、私が楽器屋で探してきた
「ビッグアールのホンキートンク
/エリックバウムガートナー」
の二曲でした。
コテコテのブルースなんですが、
最後の一音が9度を含むテンションコード。
しかもスローなアウトロで
盛り上げて、盛り上げて、弱音で終わる。
なかなか渋い。

我が子は緊張する事なく、
練習の成果を発揮できて満足そうでした。

それにしてもギロックの多いこと多いこと。
我が子の参加した第二部は
17人中8人がギロックでした。
ピアノ教室単位で参加してて、
そこが教材に使ってるのかな。

何はともあれ、親はひと安心でした。

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ジャズ聴き始めの頃の話 その11

ジャズ聴き始めの頃の話 その11
学生時代の記憶をほじくりかえしてたら、
三宮にあったバックステージと云う
ライヴスポットを思い出しました。

最初は高校時代の友達に教えて貰った。
彼はそんなに連れていた訳ではないけど、
音楽的には気の合うヤツでした。
高校時代、私がラヴェルに夢中だった頃、
彼はプロコフィエフを聴いていた。
私にとって、一目置く存在でした。
高校卒業後、ほとんど会ってなかったので、
どういうきっかけだったのか忘れたけど、
ジャズに興味を持ち始めた事を知って、
二人で会うことになりました。

彼が連れて行ってくれたのは
さんプラザのビルの上の方にある
バックステージってライヴスポットでした。
学生が物怖じするような落ち着いた雰囲気。
こんな店を知ってる彼が大人に見えました。
照明を落とした店内は階段状になってて
見下ろしたところにステージがあった。
日本人の女性ヴォーカリストが
ピアノ伴奏でスタンダードを歌ってました。
その頃には私もエラ先生に
沢山のスタンダードソングを教えて貰って、
そこそこの知識は身に付いてましたが、
レコード主体で聴いてきたため、
生の演奏はこれが初めての体験でした。
友達が当時話題になってた
スティングのブルータートルの夢を
熱く語っていたので、
1985年、私が大学三回生の頃だと思います。

その後もバックステージは
他の友達とも行ったりしましたが、
そのうち行くかなくなりました。

私の中でエラ期が終わり、
インスト中心になってた時期だったし、
落ち着いたオーソドックスなジャズは
自分には合わないと思い始めてた時期でした。
音楽的な興奮をキープするには
同じところに止まっててはいけないと、
自分なりの興味の膨らませ方を
模索していたように思います。

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ジャズ聴き始めの頃の話 その10

ジャズ聴き始めの頃の話 その10
大学に入った最初の頃、
難波でよく行っていたレコード屋は
なんばピアのワルツ堂でした。
ジャズについてはそつのない品揃えで、
初心者が定番レコードを買うには
ちょうどいい感じでした。

そのうち南街劇場の地下に
タワーレコードができました。
輸入盤が大量に並んでいて、
しかもかなり安い。
日本盤にはライナーノーツがあって
それも初心者には大切な情報源だったけど、
500~1000円の価格差があったら、
そりゃ安い方に流れますわ。

最初の頃はレコード比率が高かったものの、
みるみるCD売り場が拡大していきました。
時代の変化を実感しました。
そう云えば、その時期の輸入CDは
縦長の箱に入ってたなぁ。
レコードと比べて大きさで見劣りするからか、
万引き防止のためか、わかりません。

タワーレコードは知らないうちに
スターレコードに変わって、
しばらくしたら潰れてしまいました。
その頃から、大型のレコードショップが
アチコチ出来てきたように記憶しています。

ここで買った思い出のレコードは
エラとエリントンのコートダジュールライヴ。
日本盤では出てませんでした。
最初に買ったのは青いジャケットの一枚モノ。
エラが歌っている曲のみの抜粋です。
その後、エリントン楽団のインストを含む
二枚組のレコードも入手しました。
更に普段聴き用に二枚組CDも買い足し、
十年以上経って、リハーサル音源も含む
CD8枚組も手に入れましたが、
そこまでは必要ない(笑)。
やっぱり最初の一枚のんで十分。

聴きどころはIt don't mean a thing。
こんな楽しいステージは他で聴いた事ない。
エリントン楽団のはっちゃけぶりもキモ。
一方、バラッドも素晴らしいです。
The more I see youは
カーネギーホールのPeopleと並ぶ
エラのバラッドの名唱だと思います。

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November 19, 2018

ジャズ聴き始めの頃の話 その9

ジャズ聴き始めの頃の話 その9
梅田の東通り商店街の奥の方に
LPコーナーと云うレコード屋があった。
知る人ぞ知るマニアの巣窟みたいな
凄い店でした。
領主(ドン)の風格を漂わせる店主をはじめ、
強者ぞろいの店員…。
初心者が入るにはかなり勇気が必要でした。
しかも大阪商人のカラーも強く、
客との距離を詰めて、色々勧めてくる。
更に腰がひける(笑)。
しかし、知識に裏打ちされているので、
結構アタリの確率が高かったなぁ。

ここのレコードのビニールカバーは
普通の袋ではなく、折り込み式でした。
丁寧にピッチリとカバーをかけてくれる。
レコードの価値が一翻アップしたようで
何だか嬉しかったものです。
当時はレコード一枚も貴重でしたから。

中古も取り扱っていて、
結構高めの価格設定になってたので、
他をあたって見つからない場合の
最後の駆け込み寺みたいな所でした。

のちのち長きに渡って通ってたので、
初心者の頃に何を買ったか覚えてませんが、
スタンゲッツやジェリーマリガンや
キャノンボールアダレイなどの
メジャーなミャージシャンの
お勧めアルバムを結構買ったと思います。

その中でのお気に入りの一枚が
マリガンの「What is there to say?」です。
映画の「真夏の夜のジャズ」でも演ってた
As catch canがカッコいい。

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ジャズ聴き始めの頃の話 その8

ジャズ聴き始めの頃の話 その8
阪急32番街の高層階に
ダイガと云うレコード屋がありました。
初心者の私にはビックリする位の品揃えで、
輸入盤も扱っていました。
見てるだけでも楽しかったものです。
本や雑誌で気になったレコードは
ダイガで見つける事も多かったですね。
例えばエラのサンタモニカシビック72は
どこを探してもなかったのに、
ダイガの棚には普通に並んでました。

そんな事が何度かあって、
私はダイガに全幅の信頼を寄せていました。

ある時、スイングジャーナルのレビューで
山下洋輔の気になる新譜を見つけました。
ダイガには間違いなくあるだろうと、
棚を探したんですが、見つからない。

仕方なく店員さんに取り寄せを
お願いしたところ、意外にも、
「う~ん、難しいですねぇ。」
との返事でした。

そのレコードは「It don't mean a thing」。
ディスクユニオンからの発売でした。

当時の事情はよく知らないけど、
東京のレコード屋がリリースしたモノなので、
関西にはなかなか入ってから来ない、
みたいな説明を受けた記憶があります。
仕方がないので、ダメもとで注文だけして
とぼとぼと帰ったのでした。

それから半年位経って…、
ダイガから入荷の電話がありました。
諦めかけてただけに喜びもひとしお。
ようやく手に入れたそのアルバムは
私の愛聴盤になりました。

とにかく、タイトル曲にやられた。
私はエラ&エリントン楽団が
コートダジュールライヴで
この曲を大笑いしながら
大盛り上がりしてるのが大好きで、
何度も何度も聴いていたんですが、
山下洋輔のソロピアノは全く異世界。

高校生の頃はジャズも分からないのに
山下洋輔だけ聴いてた感じだったけど、
大学生になって、多少なりとも
ジャズが分かるようになってから
再び山下洋輔を聴くと、
完全にドシャメシャ部分より、
メロディの骨格が残った状態で
次第に壊れて行く過程に
歪んだ美しさを感じている自分に気付いた。
これは私にとって重要な気付きだった。
調和のとれた和声よりも
テンションノートがたんまり入って、
どんどんアウトしていく更に先の
破綻スレスレのところまでは大好きだけど、
ぶっ壊れてしまうとそれは醜い。
それが後々の自分の音楽の守備範囲だと
ぼんやり認識したのでした。

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November 16, 2018

ジャズ聴き始めの頃の話 その7

ジャズ聴き始めの頃の話 その7
前回に引き続きジャズ喫茶の話、
難波編です。

難波で通ってたのが、やかたでした。
千日前の大劇ビルの地下にあって、
薄暗い階段の正面には
ハンプトンホウズのアルバムの
ワニのイラストが描かれてました。

座席はスピーカーに向いていて
かなりの音量で音楽が鳴り響いてました。
典型的なジャズ喫茶で、私語厳禁。

マスターの選曲は幅広く、
モダンジャズ全盛期のも掛かったし、
新しいのも掛かってた様に思う。
私にとっては毎回新しい音楽を聴けて、
ワクワクでした。
また、当時高かったレーザーディスクで
動くプレイヤーが観れたのも貴重でした。

レコードリストもあって、
リクエスト可能なシステムでしたが、
他の客がみんなジャズマニアに思えて、
初心者にはかなりハードルが高かったなぁ。

印象に残っているレコードは沢山あるけど、
ソニークリスのUP,UP AND AWAYかな。
聴いたのは一度だけなのに、
少しリヴァーブが強めに効いた
ソニークリスの明るいアルトの音で
薄暗い店内が満たされた時の雰囲気を
今でも生々しく思い出します。

大劇ビルの取り壊しが決まって
やかたは店を閉める訳ですが、
大学の四年間、社会人の最初の頃まで
色々勉強させてもらいました。

この後、やかたmildに生まれ変わって
更にお世話になる事になるのですが、
それはまたの機会に。

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三津浜焼

三津浜焼
ちょっと前に松山に出張に行った時、
三津浜焼なるものを食べました。
広島焼同様の重ねて焼くタイプですが、
そばにも味をつけてたり、
二つ折りにしたり、
重ねる順序が違ったりするそうな。

この地域では昔から
よく食べられてたらしく、
古いお店も多いので、
町おこし的な後付けの
B級グルメではなさそう。

ネットで検索して
評価の高そうな店に行ってみました。

ほぼ広島焼だ…。
私の行った店は二つ折りじゃなかったので、
見た目もほぼ広島焼。
ソースもオタフクがベースっぽいので、
味もオールモスト広島焼。

ウィンドウズ95の動く
DOS/V機とNECのパソコンみたいなもので、
殊更違いを主張するのはナンセンスかな。

美味しかったし、安かったし、
ボリュームもあったので、満足しました。
ただちょっと衛生面は気になったけど。

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November 15, 2018

ジャズ聴き始めの頃の話 その6

ジャズ聴き始めの頃の話 その6
私が大学生の頃、すなわち80年代前半、
ジャズの情報を集めるのは大変でした。
本などで調べられる事もありますが、
活字から実際の音楽はイメージ出来ない。
例えばマイルスのバグスグルーヴの
喧嘩セッションのエピソードを読んで、
凄まじい演奏を期待して買ったら、
ゆっくり目の呑気なブルースで
モンクがいじけて弾いてるだけ。
肩透かしを食らった記憶があります。

一回生の頃はバイトもしてなくて、
親からの小遣いが唯一の収入だったので、
レコード一枚買うのも一大事で、
失敗は何としても避けたかった。

で、私が頼りにしたのはジャズ喫茶でした。
当時、ジャズ喫茶はもう廃れていたと云え、
まだ繁華街に何店か残っていました。
ありがたいことに、
西宮の自宅から堺の大学まで通う途中、
梅田も難波も経由してたので、
通学定期で街に繰り出す事が出来ました。

梅田でよく行ったのがバンビです。
東通り商店街を入ってすぐにあったので、
普通の喫茶目的の客も多く、
騒がしい時もありましたが、
二階にはJBLのパラゴンがあり、
音楽目的の人が多かったですね。
ただ、二階席に座ると、
掛かってるレコードが気になった時、
いちいち一階まで下りて、
ジャケットを確認しないといけないので、
私は一階のでっかい業務用冷房機の前に
陣取る事が多かった。
夏場はゴーゴーうるさい上、
強冷風を浴びせてくるので、
手ごわいやつでしたけど…。

そんな中で覚えているのが、
鳩のサドジョーンズ。
「THE MAGNIFICENT THAD JONES」です。
確か暑い夏の日だったと思います。
うるさい冷房機の席に座って、
A面2曲目の"BILLIE-DOO"の
けだるいブルースを聴いた時の心地よさは
今でもリアルに思い出されます。

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November 14, 2018

ジャズ聴き始めの頃の話 その5

ジャズ聴き始めの頃の話 その5
高校時代からよく出入りしていた夙川駅前のほうぼう文庫は
学生の私にとって、大人と出会う貴重な場所でした。
そこで知り合いになったS先生は
年齢的に60年代のジャズブームど真ん中ではない筈ですが、
まだジャズ喫茶なども元気だった頃を知っている世代。
私が大学生になった頃からは
よく家にお邪魔して、お酒を呑みながら、
夜遅くまでレコードを聴かせて貰いました。

で、初めて行った時に聴かせてもらったうちの一枚が
ド定番のヘレンメリル with クリフォードブラウン。
ヘレンメリルの憂いを含んだようなハスキーヴォイスは
当時私がよく聴いていたエラの明るい歌声とは
正反対に思えました。
それにバックの演奏がむちゃくちゃカッコいい。
分厚い管のアンサンブルもさることながら、
クリフォードブラウンのソロの何とメロディアスな事か。

ジャズ初心者の私はすっかり気に入って、
すぐにレコード屋に買いに行きました。
で、その流れで次に手に入れたのが
「MORE STUDY IN BROWN」でした。
このレコードは エマーシーレーベルの
ブラウン&ローチクィンテットの名盤、
「STUDY IN BROWN」
「BROWN&ROACH」
「BASIN STREET」
の未発表音源を集めた
日本企画のアルバムです。

この中に収録されている
"BLUES WALK"が大好きでした。
コンボ演奏のお手本みたいな
巧みなアレンジに彩られて、
クリフォードブラウン、ハロルドランドの
淀みないソロが展開します。
その瞬間に生み出されたアドリブだとは
何度聴いても信じられませんでした。
フロント二管による4バースチェンジが
2バース、1バース、1/2バースと
目まぐるしくチェンジし、ラストテーマへ。
カッコいい。カッコ良すぎる。
私は山下洋輔の時には分からなかった
コード進行に沿ったアドリブ回しを
ようやく理解することができ(笑)、
そこがジャズの聴きどころだと
実感出来たのでした。

私にとって、
クリフォードブラウンとの出会いが
モダンジャズへの目覚めだったかも。

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November 13, 2018

ジャズ聴き始めの頃の話 その4

ジャズ聴き始めの頃の話 その4
大学に入った時、クラスの自己紹介で
「好きな音楽はジャズ。特に山下洋輔が好きです。」
みたいな事を云ったり書いたりした記憶があります。
恐らくこの時期はまだクラシックがメインだった筈ですが、
「クラシック=真面目な堅いヤツ」と思われるのが嫌で
イメージ戦略としてジャズを優先させたのでした。

しかし、実際はジャズと云っても山下洋輔くらいしか聴いてなくて、
全くと云って云いほど何も分かっていなかったんですね。
で、背伸びした手前、それに追いつかないといけないと思い始めました。

そんな頃、ジャズに一歩近づくきっかけになる出来事がありました。
知り合いと喫茶店か飲み屋でだべっていた時、
有線放送から流れてきたジャズのインスト演奏にビビッときたのです。
とにかく私の好みのマイナーなメロディに
スピード感のある演奏。
私が漠然とイメージしていたジャズらしさが横溢していました。
その時は曲名もプレイヤーも分かりませんでしたが、
恐らくそれはソニーロリンズのWORK TIMEの中の
IT'S ALL RIGHT WITH MEだったのではないかと思います。

それからほどなく…、
駅前の小さなレコード屋でたまたま買った
エラフィッツジェラルドのオペラハウスライヴのA面1曲目で
偶然にもこの曲を歌っていたんですね。
同じ曲でもイメージが全然違う事に驚き、興味を覚えました。
今思うと、これがジャズを手繰り寄せるきっかけだったかも。

その後、私はエラを聴きまくりました。
ベルリン、ハリウッド、コートダジュールなどライヴアルバム、
コールポーター、ジェロームカーン、エリントンなどのソングブック、
ルイアームストロングとの三枚組LP、
ジョーパスやオスカーピーターソンとのデュオなど…。

エラのお蔭で沢山のスタンダードソングを覚えました。
それがのちのちジャズを聴く上で役立つ事になりました。

更にエラを取り巻くミュージシャンやら
ヴァーヴ、パブロレーベルの作品を
適当に見繕って聴いていくうちに、
どんどん興味の幅が広がっていって、
次第にジャズが音楽の中心になっていました。

しかし、まだこの時点で、私の聴いていたジャズは
モダンジャズではない事をあまり理解していませんでした。

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November 12, 2018

お肉三昧。

10月は本当に色々あって、
嫁さんの誕生日のディナーが
のびのびになってしまいました。

先週末、やっと近所のモダンミール草津店へ。

嫁さんも私も脂の多い部位が苦手なので、
頼んだのは赤身中心です。
写真は付きだし(?)の黒毛和牛の生ハム、
赤身ステーキ、ハラミステーキ、ランプ。
お肉三昧。

お肉三昧。

まだ食べられたので、更に二種類追加。
フィレ、ヒウチ。
赤身でこんな色々あって、大満足でした。

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November 09, 2018

ジャズ聴き始めの頃の話 その3

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私が中学生、高校生の頃はラジオが音楽の情報源でした。
クラシック番組やポップスの番組は毎日ありましたが、
ジャズの番組は週に一回あったかなかったか…。

勉強しながら、ラジオを流してて、時々出くわしたジャズ番組で、
偶然耳にしたのが、山下洋輔トリオの"ONE-UP MANSHIP"でした。
アルバム「マルウォルドロンに捧ぐ」に収められている一曲。
楽器構成は普通のピアノトリオで、
ベースが國仲勝夫、ドラムが小山彰太でした。
恐らくアルバム発売に合わせて放送していたとすると、
1980年、私が高校一年生の時でした。
ジャズ初心者には何が何だか分からなかったけど、
カッコいいと思った。

それ以降、「寿限無VOL.1」「寿限無VOL.2」なども買って、
ジャズと云うよりも山下洋輔に熱を上げて行きました。
何度も聴くうちに、テーマの後はかわりばんこでドシャメシャ演奏して、
最後はテーマを合わせて終わるのがルールだと理解しました。
山下洋輔の場合、アドリブ回しがコード進行に基づかない事も多いので、
私の認識はそう間違っていなかった訳ですが、
割とすんなりフリージャズを受け止められたのは
クラシックの現代音楽を聴いていた時期だったからかもしれません。
当時好きだった三善晃のピアノ協奏曲や交響三章の第二楽章などに
相通じるパワーやスピードを感じていたのかもしれません。

いずれにしろ、ストレートアヘッドなジャズを理解して
フリージャズを聴いた訳ではなく、
基本的なところをすっ飛ばして、
ジャズの辺境地に足を踏み入れた高校時代でした。

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November 07, 2018

初いちほまれ

初いちほまれ
嫁さんの実家から今年の新品種
いちほまれを送ってもらいました。
ちょうど少し前にテレビで
開発秘話みたいな番組を観たんですが、
ポストコシヒカリとして、
開発された自信作だそうです。
美味しさもさることながら、
倒れにくく育てやすいらしい。

さっそく炊いて食べてみました。
甘みはコシヒカリよりもすっきりしてて、
何よりも粒立ちと食感がすごい。
水分をしっかり抱え込みつつ、
ベタつかないんですね。

昔、魚沼産コシヒカリの自家用米を
食べた時、おかずが邪魔と思ったけど、
今回もしばらくは口中調味なしで
シンプルなご飯を楽しみたいかも。

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November 04, 2018

ベテラン初心者

ベテラン初心者
色褪せた初心者マーク。
年季が入ってそうだ。

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November 03, 2018

ジャズ聴き始めの頃の話 その2

ジャズ聴き始めの頃の話 その2
私が初めて買ったジャズのレコードは
マイルスのマイファニーヴァレンタインでした。
きっかけはタモリがオールナイトニッポンの中で
このアルバムについて熱く語ってたから。

確か高校入学祝いにステレオを買ってもらう前だったので、
中学生の終わり頃か、高校生の初めの頃だったと思います。

まだジャズ初心者のハナタレ小僧には難し過ぎました。
だって元のスタンダードも知らないのに、
崩しまくったマイファニーヴァレンタインは理解不能ですよね。
しかもバラッド中心の構成で派手さがない。
もし「FOUR AND MORE」の方を買ってたとしたら、
私のマイルス感は少しは違ったろうか。
それよりももっと若い頃の
プレスティッジの⚪⚪in'三部作を聴いてたら、
どうだっただろう…。

結局、これが原因で私のマイルス嫌いが始まり、
さらにはモダンジャズの本流を捉え損なって
脇道にそれる原因になったのかもしれません。

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November 01, 2018

ジャズ聴き始めの頃の話 その1

私が子供の頃、我が家は音楽と疎遠でした。
一応、年賀状のお年玉くじで当たったポータブルステレオはあったけど、
かけるレコードが数枚しかなく、かけてるのを聴いた記憶もありません。

私が中学生になって、ラジカセを買ってもらって、
ようやく音楽が身近になりました。

当時、まわりの友達の影響でクラシックを聴き始めました。
NHK-FMでクラシック番組は毎日あったので、
必死になってエアチェックしていました。

高校生でステレオを買ってもらってからも
クラシック一辺倒でした。
昼飯代を浮かせて、レコードを買ってました。
図書館で名曲解説全集を借り倒して、勉強しました。


それが何でジャズに変わったんだろう。


この手の話題になった時、私はこう説明する事にしてました。
「元々アコースティックな音が好きで、クラシックを聴き始めた。
でも、トニックでジャンとキメるようなエエかっこしいの音楽が
だんだん苦手になってきた。
古典派、ロマン派のオーケストラ作品を聴かなくなって、
近代フランス音楽、とりわけラヴェルのピアノ曲や室内楽曲の
テンションの高い音の響きが好きになった。
ラヴェルが影響を受けたジャズにも興味が湧いてきて、
プレイヤー主体の自由な音楽にだんだん嵌っていった。」

この説明は嘘ではありませんが、正しくもありません。
実際はこんな理路整然とした流れがあった訳ではなく、
もっといろんな要因が入り混じっていた様に思います。


って事で、数回に分けて、今まであんまり書いていなかったような
記憶の沼を混ぜくりかえしてみようかと思います。

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